走るためのOS

水曜日の朝5時。

前日の夕方、仕事中に連絡が来た。

「明日の朝、スピード練習やりませんか」

誘ってきたのはガマくんである。

彼は私が福岡へ転勤してからの練習仲間だ。
フルマラソンのタイムは私とほぼ同じ。しかし私よりずっとスピードがある。

そして酒飲みである。

土曜日の練習会では時々酒臭い。

どういう理屈なのか分からないが、それでも速い。

高校時代はサッカー部だったらしい。つまり彼は生粋の陸上選手ではない。

陸上を長く見ていると面白いことに気づく。

短距離や跳躍は、生まれつきのフィジカルの占める割合が非常に大きい。

多少性格が破綻していても、優れた身体能力さえあれば競技として成立する。

暴れ馬のような身体をどう扱うかというゲームである。
一方で長距離は少し違う。

もちろんフィジカルは必要だ。

だがそれだけでは続かない。

長距離走は退屈である。

無意味である。

苦痛である。

そして地味である。

そんな動作を何年も繰り返す。

だからある程度のフィジカルに加えて、それを動かすOSが必要になる。

なぜ走るのか。

なぜ苦しい思いをするのか。

そこに自分なりの答えがないと続かない。

スポーツ推薦で大学に入った選手が競技を辞めるのも、案外このOSの問題なのかもしれない。

ガマくんの場合は順番が面白い。

もともとフィジカルが強かった。

そして後からOSが搭載された。

最初はダイエット目的だったらしい。

ところが仲間ができる。

レースに出る。

少し速くなる。

また次の目標ができる。

気がつけば競技そのものに夢中になっていた。

簡単に言えば、自分一人の夢ではなくなったのである。

仲間の夢を一緒に見始めた。

だから彼は今も速くなりたいと思っている。

一方の私はというと、月並みのフィジカルにOSだけは一丁前に搭載されている。

だから彼は時々、生粋の陸上部だった私を便利なアイテムとして召喚する。

今回もそうだった。

呼ばれたので行った。

その日のメニューはウェーブ走。

400mを5000mレースペースで走る。

その後100mを22秒程度でつなぐ。

これを5本。

さらにもう1セット。

つまり400mを10本走るのだが、まともに休憩はない。

心拍は下がらない。

脚は回復しない。

呼吸だけが荒くなる。

空気を吸っているはずなのに足りない。

空を掴むような感覚になる。

この練習の目的は、その苦しい状態と向き合うことだ。

5000mで最も苦しいのは3200m付近だと私は思っている。

フォームを維持したい。

でも身体は回復していない。

逃げたくなる

その時に何を考えられるか。

結局そこが勝負になる。

考えてみると、これは走ることだけではない。

仕事でも趣味でも同じだ。

結局のところ、人が何かを続けられるかどうかは、自分の核心と向き合えているかに尽きる。

なぜそれをやるのか。

なぜ嬉しいのか。

なぜ悔しいのか。

その説明が自分にできるかどうか。

OSの正体とは案外そういうものなのかもしれない。

最近、ガマくんからの呼び出しが少し嬉しい。

私のモチベーションを上げてくれるからだ。

同時に故障率も上げてくれるのだが。

そのあたりは上手に付き合わなければならない。

その日の朝。

5時からチームメイト5人と一緒に、多々良川の朝焼けの中であえいだ。

練習を終えた帰り道、2歳の娘のためにスーパーでオムツを4束買った。

それを抱えてダウンジョグで帰宅した。

40歳の市民ランナーの朝としては、なかなか悪くない終わり方だった。

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