木曜日。
ガマちゃんと早朝スピード練習をした。
その代償なのかどうかは知らないが、どうやらアキレス腱を痛めたらしい。
週末は走るのを諦めて農業に興じることにした。
先月は箱苗づくりだったが、今回は田植えである。
育苗所で育てた箱苗を軽トラに積み込み、水田へ運ぶ。
田植え機のオペレーターが植える速度を決めるので、私の仕事はそのサポートだ。
六条植えの田植え機に苗と肥料を補給し続ける。
単純作業だが、止めるわけにはいかない。
先日、息子が私に聞いた。
「携帯電話ってどうやってできるの?」
私は職業病なので、
「まずシリコンインゴットをスライスして、枚葉洗浄装置に入れてだな……」
と説明を始めた。
すると横にいた祖母が、
「やめなさい」
と言った。
今思えば正しかった。
4歳児にする話ではない。
しかし田植えをしていると、農業と半導体工場は案外似ている。
育苗工程が終わった苗は育苗所から運ばれ、田植え機へ搭載される。
育苗所から搬送され、ロードポートからFOUPへ収められたウェハーのようなものだ。
そこからピックアンドプレースされるように、水田へ等間隔に並べられていく。
決定的な違いはコンタミネーションとコピーイグザクトリーに誰もうるさくないことである。
人間は毎年、この季節になると大規模な環境改変を行う。
トラクターで耕された大地に突然水を張る。
するとどこからともなく大量のツバメが飛来する。
スズメではない。
ツバメである。彼等は水攻めをされた虫を狙う
そして畦道の銃眼のようなモグラ穴から、カエルたちが一斉に愛を叫び始める。
そのカエルを目掛けて、息子の従兄弟たちが網を持って襲いかかる。
私の息子は都会っ子なので少し距離を取っている。
六月の乾いた風が田んぼを吹き抜けていく。
一年で最も気持ちの良い季節かもしれない。
田植え機では植えにくい端の部分をわざと残しておいた。
子供たちに植えさせるためだ。
「お米の赤ちゃんを植えるよ」
子供たちは泥だらけになりながら苗を植える。
赤ちゃんというより、君たちと同じでこれから大きくなる子供だな。
そんなことを考えていると、従兄弟の一人が相撲を仕掛けてきた。
私はスマホごと田んぼに沈んだ。
その後、大きなカエルを捕まえた。
すると生き物博士の従兄弟が言った。
「それ、ウシガエルの幼体だよ」
さらに隣の池からアメリカザリガニを捕まえてくる。
彼は得意そうに説明した。
「ウシガエルは昔、人間が食べるために日本に来たんだよ」
「ザリガニはそのウシガエルの餌として来たんだよ」
なるほどと思った。
食材として来たカエル。
餌として来たザリガニ。
どちらも当初の役割からはだいぶ離れた場所で生きている。
私はふと会社の同期を思い出した。
国立大学出身で頭が良い。
英語も得意だ。
寮にいた頃は毎晩FPSをやっていた。
海外プレーヤー相手に英語で指示を飛ばしていた。
将来は海外営業か何かになるのだろうと思っていた。
だが今は工場で設備管理の仕事をしている。
後輩たちは冗談半分に、
「電球を替える仕事をしています」
などと言う。
私はそのたびに少し違和感があった。
ウシガエルは食材として来た。
アメリカザリガニは餌として来た。
同期はエリートとして入社した。
私は工業製品を売るはずなのに田植えをしている。
息子はプラレールばかりしていると思ったら泥だらけになってカエルを追いかけている。
誰も予定通りには生きていない。
田んぼではツバメが低く飛び、
カエルが鳴き、
子供たちが笑っている。
本来の役割から外れた者たちばかりだ。
だが案外、みんな元気そうである。
泥の中からこのスマホを拾い上げながら、そんなことを考えた。

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