今日、シカゴ帰りの企画職の人と仕事をした。
驚くほど話が合った。
仕事の話ではない。
アメリカの変な料理の話である。
気が付けば四時間経っていた。
まずは私の番だった。
昔オーストラリアで寿司屋に入ったことがある。
カウンターの向こうには寿司職人がいた。
彼はまずマグロを取り出した。
そして少し置いて手で温め始めた
冷たかった魚が人肌になった。
嫌な予感がした。
その後、包丁を入れた。
しかし切らない。
ノコギリを引くみたいにギコギコと往復させながら身を削っていく。
鮮度とは何か。
寿司とは何か。
私は人生で初めてそんなことを考えた。
しかし職人は真剣だった。
そこがいい。
サンフランシスコではゴートゥーヘルロールという寿司を見た。
地獄へ行けロールである。
寿司屋が客に向かって放つ言葉としては過激すぎる。
しかし実物はさらに過激だった。
ロール巻きの中には揚げた魚。
そのロール巻き自体をさらに天ぷら粉で揚げる。
その上から正体不明の赤い粉を振りかける。
最後にマヨネーズを大量にかける。
もはや寿司というよりフィッシュアンドチップスの親戚だった。油地獄に落ちたのはたぶん魚巻の事だった
私はこういう寿司が好きだ。
本物だから、おいしいからではない。
真剣に間違っているからである。
次はサラダだ。
初めてシカゴへ行った時のことだ。
昼食でサンドイッチ屋へ入った。
レジの向こうには黒人の兄ちゃんがいた。
革ジャンでも着せたらそのままバンドを組めそうな雰囲気だった。
どこか中二病っぽい。
彼は私に言った。
「ここのおすすめはフレッシュサラダボウルだ」
おすすめならそれをワンサラダボウルフォーミー。
そう言うと彼は一瞬遠い目をした。
「あー、また今日もあの技を使うのか」
そんな顔だった。
まず冷蔵庫からレタスの袋を取り出す。
破る。
ボウルへ投げる。
次に肉っぽい何かを取り出す。
投げる。
ここまでは普通だった。
その後で彼はおもむろに金属製のナックルみたいな器具を手にはめた。
まるで変身シーンだった。
私は少し身構えた。
すると彼はボウルの中身を殴り始めた。
ガン。
ガン。
ガン。
ガン。
レタスが舞う。
肉が跳ねる。
サラダが悲鳴を上げているように見えた。
切るのではない。
殴るのである。
どうやらフレッシュとはきり刻みたてという意味らしい。
まさかアメリカのサンドイッチ屋で北斗百裂拳が見れるとは思わなかった
数十秒後。
彼は息を切らしながら皿へ中身を放り出した。
「お前の分だ!」
そして使用済みのボウルを二メートル先のシンクへ放り投げた。
ガシャーン!!!
私は笑いそうになった。
しかし笑えなかった。
彼は真剣だったからだ。
ここまでが私の話だった。
すると今度はシカゴ帰りの彼が言った。
「モンゴリアンBBQは知ってます?」
知らない。
もう名前だけで好きになった。
私は聞いた。当ててみたい
「羊肉をマッコリで食べるんですか?」
「惜しい」
惜しいらしい。
「まず店に入るとバケツを渡されます」
もう怪しい。
「野菜とか総菜を好きなだけ入れるんです」
まだ分かる。
「それを三人の男に渡します」
私は聞いた。
「その三人はテムジンとフビライとオゴタイとかですか?」
「違う違う」
違うらしい。
男たちは巨大な鉄板の前に立っていた。
そしてバケツの中身を豪快に炒め始める。
私は羊を待った。
草原を待った。
遊牧民を待った。
しかし出てきたのは大量のうどんだった。
やっている事はただの焼きうどんである。
モンゴリアンはどこへ行った。
馬は?羊は?遊牧民は?
私は思った。
アメリカという国は文化を輸入しているのではない。
捕獲しているのだ。
寿司を捕獲する。
サラダを捕獲する。
モンゴルを捕獲する。
そして数年後には誰も見たことのない生き物に変えてしまう。
ドラゴンロール。
スパイダーロール
ゴートゥーヘルロール。
ナックルサラダボウル。
うどん入りモンゴリアンBBQ。
どれも本物ではないのかもしれない。
だが偽物とも言い切れない。
彼らはみんな真剣だからだ。
今日、シカゴ帰りの彼と四時間話した。
仕事の話はほとんど覚えていない。
覚えているのはノコギリ寿司と、地獄行きのロール巻きと、ナックルで殴られたサラダと、行方不明になったモンゴルだけである。
たぶん私たちは料理の話をしていたのではない。
文化が本家から飛び立ち、誰も予想しなかった怪物になる瞬間の話をしていたのだと思う。

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