名島橋を逆に渡れ

この土日は近所の仲間を誘って練習をした。

土曜日は2000m変化走を3本。日曜日は8000mペース走。

メンバーはいつものご近所ランナーズ。

ガマちゃん。センちゃん。カレンさん。そしてカイくんである。

今回はカイくんの話だ。

カイくんは30代半ば。

爽やかなスポーツ青年で、まだまだ伸びている。

福岡国際マラソンを本気で目指していて、この二年間、彼はいつも沿道で応援してくれる。

しかも毎回泣きながらだ。

彼の涙を分析すると

身近な人間が大舞台に立っているかそれとも努力そのものへの敬意か。

自分のやっている努力への神々しさか。

簡単にいうと反応が大きい。

私はというと、そんな立派なものではない。

学生時代から続く一本のレールを、いまだに降りられずに歩いているだけだ。

若い頃の自分が敷いた線路を覚えている。

スイスの登山鉄道みたいなものである。

どこに急坂があるか知っている。

どこで湖があるか知っている。

景色もだいたい覚えている。

だから私はただ毎回高く登ろうと試しているだけなのだ。

だがカイくんにはそう見えない。

どうも私は雲の上に住んでいることになっている。

少しうれしいようで。

少しこそばゆい。

練習会の帰り。

名島橋の近くでカイくんが聞いてきた。

「福岡国際の時、この辺りってやっぱり特別なんですか?」

たぶん彼は答えを知りたいのではない。

夢の輪郭をなぞりたいのだ。

自分が目指している場所の美しさを、誰かに言葉にしてほしいのである。

本当のことを言えば、福岡国際の向こう側に黄金郷などない。

新世界にエルドラドはない。

あるのは相変わらず汗臭いオッサン達と飲んで打ち上げるだけだ。

その程度の世界である。

だが、彼の夢は、到着した場所ではなく、目指している途中に宿っていた。

だから私は少しだけ大袈裟に言う。

「名島橋を渡る時。」

「200人の観客が見ている。」

「君がどれだけ努力したか、どれだけ諦めなかったか、その全部を理解したうえで拍手してくれる。」

「その時、君は生まれてきた意味を理解するかもしれない。」

カイくんは黙って聞いていた。

それから小さく笑った。

「ありがとうございます。」

「今日の夜、眠れないかもしれません。」

その横顔が妙にうれしそうで。

私は心の中で頭を抱えた。

またやってしまった。

夢の正体なんて知っているくせに。

つい彼にはいつも薪をくべてしまう。

朝七時。

家に帰ると2歳の全裸の娘が駆け寄ってきた。

待ってた一緒に朝シャンしよう!と言いたそうである

全裸で何分私を待っていたのか。

抱き上げようとすると、娘は鼻をひくつかせた。

そして臭い下ろせという感じで一歩下がり、

私に背中を向け、

「ぷう」っと放屁した。

そのまま奥の部屋へ消えていった。

カイくんは今日きっと眠れないだろう。

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