代理店の若者と仕事をした。
彼は二十一歳。高卒で地元の商社に入り、まだ三年目だ。
四十歳になろうとしている私とは親子ほど歳が離れている。
一緒に仕事をしていると、何より時間の流れ方が違う。
週末は友人と長崎へ花火を見に行ったという。
仕事が終わってそのまま車を走らせ、夜通し遊び、朝まで飲み明かしたらしい。
古いスポーツカーを二台持っている。
堅実とは言い難い。
将来の資産形成を考えているようにも見えない。
だが彼に理由を尋ねても、おそらく答えは一つだろう。
「やりたいからです」
それだけだ。
二十歳というのはそういう年齢だった。
私もそうだった。
大学の陸上部では駅伝よりフルマラソンに夢中だった。
周囲が何を言おうと三十キロ走ばかりやっていた。
理屈ではない。
やりたいから仕方がなかった。
身体は精神の命令を疑わずに実行した。
あの頃の一時間は、今の一時間よりずっと長かった気がする。
同じ五分でも、きっと違う密度で流れていたのだろう。
客先の人たちも彼をかわいがる。
その理由が少し分かる気がする。
若さそのものに、人は懐かしさを感じるのだ。
私がこうして文章を書いているのも同じかもしれない。
やりたいから仕方がない。
そんな気持ちに触れると、妙な郷愁が湧いてくる。
精神は今も昔も変わっていないような気がする。
ただ、それを実行する身体の方が、少しずつ現実を理解してしまったのだろう。
彼らと仕事をするのは楽しい。
けれど寂しくもある。
実力を付ければ、彼らはもっと広い場所へ行く。
流動的な時代の中で、軽やかに飛び立っていくのだろう。
彼らは私とは違う時間の上を走っている。
たまにその背中を見ながら、少しだけ寂しくなる。
そういえば子供がものもらいになっていた。
最近どうも目から水がこぼれる。
保育園から結膜炎でももらったのかもしれない。

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