今日は1500mに出場した。
競技場に着くとサカリさんが話しかけてきた。
彼は私の中ではランナーというよりジョガーである。
もちろん速い。
フルマラソンは2時間半をゆうに切る。
だがガマちゃんと同じように、年を取ってから競技場に現れ始めたおじさんでもある。
「1500m、4分24だからBクラスになっちゃいました」
そう言われた私は余計なことを言った。
回転数がどうとか、フォームがどうとか、もっと速く走れるはずだとか。
話しながら自己嫌悪がやってきた。
なんでこの人に介入しているのだろう。
別に頼まれてもいない。
彼には彼の競技人生がある。
私には私の競技人生がある。
それでいいではないか。
しかしサカリさんは私についてきて、
「じゃあどうしたらいいですか」
と聞いてくる。
私は一番楽な答えを返した。
「スパッツさんを倒せ」
スパッツさんは高校教師である。
5000mではだいたい私の近くにいる。
競技場ではロングスパッツ姿でガリガリだ。
見た目だけなら速そうに見えない。
しかしレースになると違う。
最初から最後まで「ガンガンいこうぜ」である。
「なんで?」
そう聞かれたので、
「君らはジョガーだから丁度いい相手と思う」
と答えた。
嘘は嫌いである。
レース前、精神統一をしていると中学生が先生に叱られていた。
思わず聞いてしまった。
内容はこうだ。
調子が悪いからこそ一周目はこういうチャレンジをすると言っていた。
なのに実際には攻めていない。
なぜ下方修正したのか。
そんな叱責だった。
聞きながら営業職として妙に納得した。
高すぎる売上見込みを申告し、
上司をその気にさせ、
後から未達を説明している状況と同じである。
最初から
「故障していて厳しいです」
と言っていれば怒られなかった気がする。
期待させたら駄目なのだ。
そこでふと思った。
では私は何なのだろう。
40歳である。
29歳の頃の自分には勝てない。
4分5秒はもう無理だろう。
4分10秒だって怪しい。
では今日ここにいる意味は何なのか。
ベスト更新も難しい。
順位も大したことはない。
何をしに来たのだろう。
その時、フォークナーの熊を思い出した。
『熊』の主人公は森に入る前に時計とコンパスを捨てる。
文明の道具を持ったままでは、本当に向き合うべきものに辿り着けないからだ。
私はガーミンを外した。
今日はタイムを追うのをやめようと思った。
若かった頃の自分も捨てる。
速いライバルも捨てる。
目標タイムも捨てる。
期待値も捨てる。
全部雑音だ。
号砲が鳴る。
速い。
1500mはいつも速い。
そしてすぐ苦しくなる。
時計がないのでペースは分からない。
心拍も分からない。
あと何秒で通過したのかも分からない。
分かるのは苦しいということだけだ。
前の選手が離れていく。
追う。
また離れる。
また追う。
ただそれだけだった。
残り一周。
私はようやく気付いた。
今日の相手は若い頃の自分でもなければ、
速いライバルでもない。
今日の相手は自分自身だった。
逃げるのか。
逃げないのか。
それだけだった。
走り終わったあとタイムを見た。
悪くなかった。
だがそれはあまり重要ではなかった。
今日はタイムを測りに来たのではない。
森に入りに来たのだ。
帰り際、ふと見るとサカリさんとスパッツさんが並んでジョグをしていた。
どうやら仲良くなったらしい。
私が余計なお世話で紹介したのが原因かもしれない。
二人とも立派な競技者である。
だが私の目には、やはり競技場に迷い込んだジョガーのおじさんに見えた。
そしてたぶん、私も同じである。
森の奥で熊と対峙することはない。
代わりに競技場で息を切らし、
終われば誰かと並んで走って帰る。
今日はそんな一日だった。

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