ライスロイファー

私は落とした米を拾わずにはいられない。

子供が茶碗から一粒こぼせば拾う。残したご飯は自分の弁当に詰める。

家族に少し神経質だと言われる。

たぶん、その通りだ。

我が家は一ヶ月に二十キロ近く米を食べる。その半分くらいは私の胃袋へ消えていく。

学生時代も、社会人になって大阪へ出てからも、実家から米だけは途切れることがなかった。

私は毎朝通勤ラン後に1号の握り飯を食べている

私の身体のほとんどは、この筑後平野で実った米からできている。

今日の仕事は地元の工場だった。

設備を立ち上げ、担当者と話していると、私は嬉しくなって言った。

「実はこの辺りが地元なんですよ。」

すると相手は笑って答えた。

「私は長野から来たんです。」

この工場で働く人の多くは県外から来た人だった。

帰り際、私は思わず言った。

「この町を、これからもよろしくお願いします。」

工場を出ると、昨日の大雨で筑後川は濁流になっていた。

高台から見渡す。

耳納の山から古処山まで。

田植えを終えたばかりの苗が、風に揺れながらどこまでも続いている。

昔、この川は暴れた。

人は堤を築き、水を引き、田を耕し、この景色を何百年も守ってきた。

自然のままではない。

人間が管理してきた風景だ。

そう考えると、不思議だった。

私は工場で生産を管理している。

朝は故障しないように身体を管理しながら走っている。

先祖は筑後川を管理し、米を育ててきた。

管理するものは変わっても、やっていることは、あまり変わっていないのかもしれない。

夜。

息子が米を研いでいた。

白い米が流し台から床へ落ちる。

私はしゃがみ、一粒ずつ拾った。

「ちゃんと拾いなさい。」

息子も黙って拾う。

一粒が惜しいからではない。

私の身体は、その一粒でできている。

そして、その一粒の向こうには、

筑後川があり、耳納の山があり、名も知らない誰かの仕事があり、

今日も私の故郷がある。

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