ファイトクラブ

先日、久しぶりにフランスから連絡が来た。

ピレネー山脈のトレイルレースを走ったらしい。

送られてきた写真には、どこまでも続く山並みと泥だらけの靴が写っていた。

相変わらず元気そうだった。

彼と初めて会ったのは神戸の港の森公園だった。

喫茶店でモーニングを食った後、コンビニコーヒーを片手に道端でだらだら話した。

当時二十五歳。

トレイルランナーの彼女と別れた勢いで日本へ働きに来ていた。

夜になるとアパートでVALORANTばかりやっている内省的な若者だった。

その頃、彼がトラックレースに出たいと言うので陸連登録を手伝った。

そこで問題が起きた。

フランス人には名前が三つある。

例えば私なら、

前が苗字で、

ケンが名前だ。

ところがフランスではその間に父方の祖父の名前が入る。

祖父がコウスケなら、

前 コウスケ ケン

になるらしい。

陸連登録の画面を前にして私は混乱した。

どこまでが姓で、

どこからが名前なのか分からない。

本人も説明していたが、

私も理解していなかったし、

たぶん本人も面倒くさくなっていた。

私はパスポートを見ながら言った。

「もうコウケンでいいやろ」

こうして彼は私で例えるなら

前 コウケン

として適当に競技場デビューした。

一緒に競技場へ行った時のことだ。

彼は高校生のレースを見ながら不思議そうな顔をしていた。

そして聞いてきた。

「なんで日本の競技場ってあんなにMadなんだ?」

理由を聞くと、

みんなが高校生に向かって叫んでいるという。

ファイトー!

ファイトー!

ファイトー!

私は何も気にならなかった。

30年以上聞いてきた言葉だからだ。

しかし彼は少し笑いながら真似をした。

「ファィトオー」

発音が妙に違う。

彼に言わせると、あれは英語のFightではないらしい。

日本人はきっと肯定的な意味に翻訳した。

韓国人もファイテンにした。

だが元のFightはもっと荒っぽい。

頑張れというより、

やっちまえ。

戦え。

そんな響きだと言う。

「ハンターハンター読んだことある?」

「あの闘技場で観客が叫んでるFightだぞ」

それ以来、競技場へ行くたびに少し可笑しくなった。

日本では大人達が高校生に向かって堂々と

やっちまえ!

と叫んでいることになる。

福岡国際にも彼は応援に来てくれた。

沿道のおじさん達は知らないおじさんに向かって叫んでいる。

行けー!

頑張れー!

ファイトー!

彼は呆れた顔で笑っていた。

「相変わらずMadだな」

数年経った今、彼はピレネー山脈を走っている。

私は相変わらず日本で走っている。

国も違うし、言葉も違う。

それでもたまにレースの結果を送り合っている。

今回送られてきた写真の最後には、一言だけ添えてあった。

友達を応援して笑われてしまったよ

Good fight.

あいつもすっかり日本に染まったらしい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました