素晴らしい新世界

先日の石川練でのことである。

初めて話した方にベストタイムを聞かれた。

答えると、

「恐れ多いです」

と返ってきた。

私は少し困った。

どうやら私はいつの間にか『2時間半切り男』になっていたらしい。

昨日までと何も変わっていない。

子供の残飯を食べ、

擦り切れたウェアを捨てられず、

朝からこんな変なブログを書いている。

それなのに人は時々、他人を分かりやすいシールで分類したがる。

速い人。

遅い人。

強い人。

弱い人。

確かにその方が話は早い。

だがシールというものは便利な反面、その人をあまり説明しない。

今日は朝5時からまた400mを10本やった。

ガマちゃん、センちゃん、カレンさんが付き合ってくれた。

ガマちゃんは2020年頃から私の近辺で頭角を現した選手である。

冬になると本当に強い。

毎年どちらが先にゴールするか分からない。

だが不思議なことに夏が弱い。

本当にカエルみたいな男である。

私は勝手にガマちゃんと呼んでいる。

変温動物なのかもしれない。

ただ最近は少し事情が違う。

仕事が急に忙しくなった。

練習量も減った。

以前のような勢いはない。

本音を言うと少し寂しい。

また同じくらいの位置でバチバチやりたい。

だが励ましの言葉も見つからない。

私が偉そうに言う話でもないからだ。

だから今日も練習では遠慮なくちぎる。

たぶんそれが一番自然な会話なのだと思う。

カレンさんは元ラガーマンである。

筋肉量が多く、いかにもラグビーをやっていそうな体つきをしている。

だが彼もまたラガーマンという言葉だけでは説明できない。

どちらかと言えば静かな人だ。

自宅も近く、内省的な性格も似ているので一緒に走ることが多い。

レベル差が少しあるので私は気を遣う。

こちらが余裕を持って走っていても、向こうは全力だったりする。

だが考えてみれば私だって同じだ。

私の全力など、キプチョゲから見ればジョグにもならない。

時計の数字だけ見れば上には上がいる。

どこまで行っても青天井である。

だから最近は思う。

皆で景色だけ見て走ればいいじゃないかと。

ところがオッサンになると、その台詞がなかなか出てこない。

妙に照れ臭いのである。

石川練で話しかけてくれた人もそうだった。

私はただ挨拶をして、どうでもいい話でもしたかっただけだ。

最近の暑さだとか、

補給で失敗した話だとか、

子供が言うことを聞かない話だとか。

だが先に出てきたのはベストタイムだった。

私の額にはどうやら『2時間半ぎり男』というシールが貼られているらしい。

ガマちゃんには『夏に弱い男』。

カレンさんには『元ラガーマン』。

人は何かとシールを貼りたがる。

分かりやすいからだ。

だがシールの裏側には大抵もっとくだらない話が隠れている。

私も本当はそんな話がしたかったわけではない。

四歳の息子が先日夏風邪を引いた。

熱が上がったので座薬を入れてやった。

するとそれ以来何かに目覚めてしまったらしい。

「お尻の薬入れて、お尻のお薬を入れて」

とお願いしてくる。

熱もない。

薬もない。

ただ入れてほしいのである。

私は最近その対応に困っている。

嗚呼、我が息子の素晴らしい新世界。

本当はその話を誰かにしたかっただけなのに

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