昨年末、11月の話
かける言葉がなかった。
福岡国際の前の週。
ゴリさんは故障していた。
ジョグもゆっくりしかできない。
長く走っている人間には分かる。
本人が一番分かっている。
だから誰も「大丈夫ですか」とは聞かない。
大丈夫ではないからだ。
それでもゴリさんは大濠公園に来ていた。
走るために来たのか。
仲間に会うために来たのか。
福岡国際を諦めきれないのか。
分からない。
たぶん本人も分からないのだ。
ガマちゃんが聞いた。
「具合どうですか?」
ゴリさんは少し笑った。
「前よりは良くなっとるんですけどね。」
「来週には走れるかもしれんです。」
みんな頷いた。
優しい頷きだった。
だが誰も福岡国際に間に合うとは思っていなかった。
それでも希望は捨てていなかった。
人間は最後の最後までそういうものだ。
その後も何人かが故障の話をした。
ケアの話。
補強の話。
年齢の話。
どれも正しい。
どれも違う気がした。
そういえば夏の終わり。
ゴリさんが嬉しそうにシューズを見せてきた。
ターサージャパンだった。
メルカリで見つけたらしい。
「懐かしいでしょう。」
そう言って笑った。
私は思わず手に取った。
二十年前の戦友に再会した気分だった。
今の厚底と違い、
靴底は驚くほど薄い。
クッションもない。
反発もない。
今の若いランナーが見たら驚くだろう。
昔はこんな靴で走っていた。
こんな靴で夢を見ていた。
「昔はこんなんで頑張りよったんですよ。」
ゴリさんはそう言った。
私は笑った。
本当にそうだ。
薄いゴム一枚を挟んで、
私たちは世界と戦っていた。
あの頃は故障しなかった。
だが気付けば、
私の筋肉も、
ゴリさんの筋肉も、
順当に年を取っていた。
肉離れを繰り返すようになった。
回復は遅くなった。
無理は利かなくなった。
靴のせいなのか。
加齢のせいなのか。
地面しか分からない。
秋になりフルの練習が始まった。
30キロ走をやった。
私は初参加のゴリさんと走れるのが嬉しい。
だから途中から勝手なことを考え始めた。
今が福岡国際なら。
12キロ地点。六本松の上り坂!
勝手に実況を始めた。
22キロ。
沿道の歓声が最高に熱を帯びる。
応援で満員の博多駅前。
歓声がゴリさんを包む。
18回以上走った。
私が知る最高のレースだ。
苦しくて、
美しくて、
何度走っても飽きなどしない。
あの景色を。
あの感動で息ができなくなる瞬間を。
彼にも見せたかった。
この冬はその席には座れなかった。
ゴリさんが向こうから歩いてきた。
だが暗くはない。
故障の話はもうしない。
代わりにみんなの調子を聞いて回る。
「調子どうですか。」
「仕上がってますね。」
「今年はいけそうですね。」
自分のレースより、
仲間のレースを気にしていた。
私はその姿を見ながら考えた。
三十年近く走った。
故障したランナーにもたくさん会った。
そのたびに言葉を探した。
焦るな。
違う。
治る。
違う。
頑張れ。
違う。
どれも正しい。
だが違う。
ゴリさんが欲しいのは希望ではない。
説明でもない。
故障の原因でもない。
人は走れなくなっても、
ランナーでなくなるわけではない。
練習が終わった。
早朝の大濠公園に冷たい風が吹いた。
帰ろうとするゴリさんの背中に、
三十年かかって見つけた一言を置いた。
「また次の土曜日に。」

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