写真にはならないもの

日曜日。石川練。

練習会の始めに、テーピングアンバサダーになったとかで商品紹介をしている人がいた。

時代なのだと思った。

どうやらインスタグラマーらしい。

私はインスタグラムが分からない。

正確に言うと、投稿するものが思い浮かばない。

私の人生にはキラキラした瞬間がないのだ。

1600m×4。

マイルで実にタフなスピード練習だ。

設定はキロ3分10秒。

SSチームは12人いたので二つに分けることになった。

私は聞いた。

「スピードオーバーしたい人」

サカイくんが真っ先に名乗りを上げた。

今日も爽やかな肖像画の乾隆帝みたいな顔をしている。

最高の気分だ。設定なんか俺達でぶっ壊そう。

ドレイクくんや数名加わった。

練習が始まる。

案の定、サカイくんは容赦なく飛ばした。

六人で先頭交代。

八百メートル引いたら最後尾へ下がるシステムである。

三本目を始める前にベインくんが口を開いた。

彼は今風のスマートな子だ。

古臭い私と違うと思っていたが。

「システム変えていいですか」

今のままだと八百メートル引いた後に最後尾へ下がると、そのまま潰れてしまうという。

だから二番目に入りたい。

少しでもチームを引っ張る気持ちを持ち続けたいというのである。

今週、私の魂が一番震えた瞬間だった。

この子も泥臭い私と同じだ。

私にはベインくんが長篠で勝頼を逃がす馬場信春に見えた。

あるいはボロジノでナポレオン親衛隊を迎え撃つバグラチオンに見えた。

汗だくの中年ランナーである。

だが格好良かった。

これはインスタには投稿できない。

写真に写るのは隊列だ。

彼の覚悟は写らない。

練習後はダウンジョグをしながらテーピング談義になった。

テーピングの意味が分からないという人が大半だった。

すると突然、一人が立ち上がった。

「俺はテーピングのおかげでフル2時間半を切った!」

そこから宗教戦争が始まった。

サロメチール。

チタンテープ。

アミノ酸。

何でも飛び出してくる。

あの勢いなら私が水素水でもぶっ込んでも誰か信じたかもしれない。

これもインスタには投稿できない。

写真にすると笑顔の集合写真だ。

実際はおじさん達が本気で信仰を論争をしていた。

以前、福岡国際マラソンを走った時のことを思い出した。

大きな応援プラカードを作ってもらった。

嬉しかったが。

沿道ではほとんど見えなかったが、ワイワイ応援してもらったことはだけは覚えている。

レース後、そのプラカードを渡された。

「もういらないから捨てといて」

少しだけ寂しかった。

情熱が消えた気がした。

もちろん悪気はなかったと思う。

プラカードは応援するための道具である。

役目を終えたら消えるのが自然なのだろう。

インスタの投稿もきっと同じだ。

流れていく。

消えていく。

だが私は、消えていくものばかり覚えている。

私の人生で面白かったことは、どうも写真にならない。

同じことに拘り続ける。

理屈の通じない信仰論争。

レース後の寂しさ。

私の人生はシルバーネックレスが錆びて燻されたような色をしている。

練習を終え、八時に帰宅した。

ドアを開けると。

全裸の二歳娘がタヌキみたいな腹をぽんぽん叩いていた。

お腹が減った。

その後ろでは妻と六歳の娘と四歳の息子が床を這い回っている。

「アクセサリーでもなくしたの?」

妻が振り返る。

「いや」

娘がどこかで脱糞したらしい。

一家総出の捜索が始まった。

私は少し考えた。

ベインくんの覚悟も。

テーピング戦争も。

福岡国際のプラカードも。

写真にはならなかった。

だが二歳児の脱糞事件だけは、決定的な家族イベントで記録しておきたい。

インスタにブツは載せられない。

だから私は今日も長文を書く。

片手にティッシュ。

もう片手にスマホ。

写真にならないものを探しながら。

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