土曜の練習会で、シンゴくんが言った。
「これから福岡国際みたいな真面目なレースを目指すのは、やめようと思います」
練習会にも、もう来ないという。
隣には奥さんがいた。
11月に出産予定らしい。
シンゴくんは、父親になる。
そのために、陸上を削ることにした。
私より5つほど下だ。
静かで、責任感が強い。
上下関係を大切にする、体育会系の男でもある。
練習会のポイント練習で一度離れても、何度も戻ってきて再チャレンジするタイプだ。
昨年はよく一緒に走った。
そんなシンゴくんが、走ることを削る。
私は、その話を聞いているうちに、24歳の頃の自分を思い出していた。
大阪の枚方で走っていた頃だ。
一緒に走っていた34歳の先輩が、突然結婚することになった。
私にとって、大切な人だった。
大阪に一人で働きに出ていた私を、毎週のように遊びに連れ出してくれた。
一緒に練習した。
福岡国際にも出た。
福知山にも行った。
中国にも行った。
それが、結婚を境に少しずつ変わっていった。
結婚式の席で、家族を持つ友人が彼に言った。
「これからは君も一人の人生ではないのだから、家族を大切にしないとね」
そして、
「子供と遊ぶ人生も、走ることと変わらないくらい素晴らしいよ」
私は二次会で不貞腐れていた。
酒も入っていた。
たぶん、泣いていたと思う。
今思えば、ずいぶん面倒くさい24歳だ。
でも、あのときは本気だった。
家族を持つことが嫌だったわけではない。
その人が、私たちのところからいなくなるような気がしたのだ。
彼をわかっているのは、私だけのような気がしていた。
大学時代に少しだけやり残した青春。
その続きを、彼と一緒にやっていたのかもしれない。
だから、家族を持つ人たちの言葉が、どうしても許せなかった。
それから、ずいぶん時間が経った。
私も今では三人の子供の父親だ。
そして今日、これから父親になるシンゴくんが、走ることを削ろうとしている。
俺は親父になるとき、何をしただろう。
考えてみた。
どうせ走っていた。
たしか、最後のびわ湖マラソンの前日には、2歳の娘と二人で平津峠に行った。
「明日、おやじはあの峠を倒すんだぜ」
びわ湖マラソンの32キロ地点。
びわ湖のすべての風が集まって、向かい風になる小さな上り坂。びわ湖は明日76才の寿命を迎えようとしていた。
娘には、そんなことを言った。
そんなことを考えていると、隣でマタロウが話し始めた。
「サカイくん。こないだの俺たちの佐賀のレース、最高だったね」
マタロウは私の一つ下。
二児の親父だ。
あの日、駅伝の名門校のエースを相手に、一泡吹かせてやった。
「この歳の親父が、あいつら相手に走れたんだよ。普通に働いていて、これはなかなかできない」
マタロウは嬉しそうだった。
「きっと娘たちも、俺の走りを見て、いろいろ感じてくれたと思う」
その話を一緒に聞いていたイタミさんが私に言った。
「俺の場合はね。七年前に、本趣味だったバイクを切った。子供が生まれたから」
「バイクはツーリングで休日を一日使っちゃうでしょう。だから、家族への影響が少ないマラソンを始めた」
イタミさんは笑った。
「それで気がついたら、こんなクレイジーな君たちと一緒に走ってる。これはこれで素晴らしい」
少し間を置いて、
「下駄箱は靴ばっかになっちまったけどね」
25足もある。
走ることを削る親父がいる。
走る姿を見せる親父がいる。
別の何かを削って、走り始めた親父もいる。
親父になるというのは、なかなか難しい。
そんなことを考えながら、私はマタロウを見た。
「安心しろ、マタロウ」
「君の娘は、ちゃんと君が見せた勇姿に見合う旦那を見つけて、いつか君に紹介するだろう」
「きっと彼はサムエル・ワンジルと自己紹介すると思うぞ」

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