死後、強くなる念能力があるらしい。
先週、友人の父親が亡くなった。
末期がんで二年間闘い続け、六十歳で人生を終えた。
MRとして働き、まだやりたいことも、会いたい人も、きっと残っていただろう。 若すぎる死だった。
それは悲しい話なのだが、不思議なことが起きた。
彼の娘が都会へ出る決意をしたのである。
息子たちを医者に育てる。
そう言い出したらしい。
朝倉の六月は梅雨だ。
空は低く垂れ込み、何日も太陽を見ないことがある。
それなのに、父親の死という雨だけは、一粒の種を発芽させてしまった。
生前に果たせなかった願いなのか。
娘自身の意思なのか。
そんなことは本人にも分からないのかもしれない。
私はふと、フォークナーの『8月の光』を思い出した。
人は光の中で生き方を決めるのではない。
ときには、どうしようもない闇の中で進む方向だけが見えることがある。
そう考えていると、高校教師だった父を思い出した。
教頭をいつも馬鹿にして、最後まで出世とは縁のなかった男だ。
もしあの人が死んだら。
私の中では、何が芽を出すのだろう。
そんなことを考えながら飲むウイスキーは、今日は少しだけ美味かった。

コメント